遠方のお墓を墓じまい。永代供養ではなく海洋散骨を選んだ理由
父の実家がある北東北の物件を再生したとき、もうひとつどうしても気になっていた場所がありました。
お墓です。
父の実家は約5年間空き家。
そして近くにあるお墓も、家と同じようにほとんど手入れされていない状態でした。
唯一、現地で管理してくれていた叔父も高齢になり、山の上にあるお墓まで行くことが難しくなっていました。
父をはじめ、私たち家族は関東在住。
このままでは、家だけでなくお墓も完全に管理する人がいなくなります。
そこで家の片付けと並行して、墓じまいについて考え始めました。
私には「放置」という選択肢がなかった
実はこの墓じまいをしたのは、私自身が主人を見送ってまだ1〜2年ほどの頃でした。
だから余計に、
仏壇やお墓を誰も見ないまま放置する
という状態が、私にはとても寂しく感じられました。
もちろん、お墓に対する考え方は人それぞれです。
遠方で行けない事情も、高齢で管理できない事情もあります。
でも、現実として誰もお墓へ行っていない。
これから先、管理できる人が増える可能性もほとんどない。
それなら、今動ける私がきちんと整理した方がいいのではないか。
そう考えるようになりました。
昔、母から聞いたお墓にまつわる話
もうひとつ、私の中にずっと残っていた話があります。
これはあくまで、昔母から聞いた家族の話です。
私が生まれた頃、母がひどく体調を崩したことがあったそうです。
当時、母の実家では、そうしたことがあると霊的なものが見える方に相談する習慣があったそうで、母も見てもらったとのこと。
そこで、
「赤ちゃんの霊がついている」
と言われたそうです。
父のきょうだいには、幼くして亡くなった子がいました。
その子のお墓参りが十分にされておらず、幸せそうにしている私たち家族を見て寂しがっている、というような話だったそうです。
そこで父方へ連絡し、きちんとお墓参りをしたところ、その後母の体調は良くなったと聞いています。
これをどう受け取るかは、人それぞれだと思います。
私自身も、何が事実だったのかを確かめることはできません。
ただ、子どもの頃からそんな話を聞いていたこともあり、
「誰も行かないお墓をそのままにしておく」
ということには、昔からどこか引っかかりがありました。
ましてや、その頃の私は大切な人を見送ったばかり。
お墓や仏壇に対する思いも、以前よりずっと強くなっていました。
まずは5年間放置されていた仏壇から
最初に手をつけたのは、父の実家に残されていた仏壇でした。
家自体が5年間空き家だったため、仏壇もホコリだらけ。
遠方なので一度ですべてを終わらせることはできず、物件へ通うたびに少しずつ掃除しました。
最後は地元のお坊さんにお願いして、仏壇の魂抜き(閉眼供養)をしていただきました。
複数あった位牌についても整理し、ひとつにまとめて叔父に託しました。
家の中が一区切りついたところで、次はいよいよお墓です。
このお墓を、この先誰が見るのだろう
そもそもこのお墓は、祖父が建てたものです。
何代にもわたって大勢の先祖が入っているような古いお墓ではなく、中に入っているお骨もそれほど多くありません。
確認できないものもありましたが、おそらく4柱ほどだったと思います。
そして現在、誰も定期的にお墓参りへ行っていません。
この先も管理する人がいない。
それなのに、お墓だけを残し続ける意味があるのだろうか。
私はそう考えました。
永代供養を調べたら200〜300万円?
最初に考えたのは、それまでお世話になっていたお寺での永代供養です。
やはり、それが一番自然なのかなと思っていました。
ところが問い合わせてみると、
「うちは高いよ」
と言われました。
聞いてみると、1柱50万円ほど。
おそらく4柱ほど入っていると考えると、かなり大きな金額になります。
場合によっては200〜300万円ほどになる可能性もあり、とてもそこまでの費用は出せません。
そこで、ほかの方法を探しました。
樹木葬ではなく、海洋散骨を選んだ
候補になったのが、樹木葬と海洋散骨です。
ただ、樹木葬にすると今度は、
「どこにする?」
という問題が出てきました。
先祖が暮らした北東北なのか。
現在、家族が暮らしている関東なのか。
いろいろ調べて、私が一番しっくりきたのが海洋散骨でした。
本当なら、先祖が生まれ育った北の海へ散骨するのもよかったのかもしれません。
ただ、父をはじめ現在の家族は関東に住んでいます。
これから先のことまで考え、関東の海で散骨することにしました。
父を説得して墓じまいへ
父も叔父も、最初は墓じまいについてあまりピンときていなかったように思います。
特に父には、私から説明しました。
叔父も高齢になっていること。
山の上のお墓まで行くことが難しくなっていること。
私たちは遠く離れた関東に住んでいること。
そして何より、
現実として、もう誰もお墓を管理していないこと。
このまま残しても、状況が良くなる可能性はありません。
父にはその現実を話し、最終的には納得してもらいました。
叔父もその流れで一度は納得してくれました。
ところが、墓石を撤去する段階で反対された
実際に墓石を解体する段階になって、叔父から反対されました。
気持ちとして、いざお墓がなくなるとなれば抵抗が出ることも分かります。
ただ、共同の位牌堂の管理費も支払われておらず、実家のお墓にも実際には誰も行っていない状態でした。
「残したい」という気持ちだけで残したとしても、では誰がこれから管理するのか。
そこを決めないままでは、また放置されるだけです。
私はすでに主人を見送った経験から、誰も手を合わせることのできない状態の仏壇やお墓を、そのまま残すことの方がつらく感じていました。
そこで今回は、
自分が費用も含めて責任を持ち、最後まで進める
と決めました。
家族の中でも意見が分かれる墓じまいだからこそ、「残したい」「なくしたくない」という気持ちだけではなく、
では誰が管理するのか。誰が費用を負担するのか。
そこまで含めて考える必要があると、このとき実感しました。
現地で墓じまいの法要
地域の習慣に従い、お墓を閉じる前に法要を行いました。
父と叔父の日程を合わせ、お坊さんにも来ていただき、お墓の前で墓じまいの法要をお願いしました。
その後、海洋散骨をお願いした会社へ連絡。
今回お願いした会社では、遠方にある墓石の撤去についても現地業者を手配してくれました。
墓石を撤去した際にお骨を取り出し、そのまま散骨会社へ送ってもらいました。
散骨会社では、海へ散骨できる状態にするための処理もお願いしました。
遠く離れた場所の墓じまいだったので、墓石撤去から散骨までまとめて相談できたことは、とても助かりました。
書類関係は、やってみないと分からなかった
墓じまいでは、書類関係にも苦労しました。
私の場合は地域で管理されている墓地だったため、墓地の代表者の署名なども取り寄せました。
ただ、あとになって、用意した書類の中には、お骨を別のお墓などへ移す場合には必要でも、今回の散骨では不要だったものもあると知りました。
墓地の形態や自治体、その後のお骨の行き先によって必要な手続きは変わります。
私の経験だけをそのまま当てはめるのではなく、実際に行う場合は墓地の管理者・自治体・依頼する業者へ確認することをおすすめします。
また、墓地内にあった共同の位牌堂についても整理し、必要な撤去を一緒に行いました。
最後は父と母と私で海へ
すべての準備が終わり、最後は父と母と私の3人で貸切船に乗りました。
散骨するのは、北東北のお墓から取り出した先祖のお骨です。
関東の海へ出て、家族で見送りました。
遠く離れたお墓には、これまで簡単にお参りすることができませんでした。
それでも最後は、父も母も一緒に、自分たちの手で見送ることができました。
墓じまいと散骨で約80万円
今回かかった費用は、ざっくり、
墓石撤去などの墓じまい:約50万円
海洋散骨:約30万円
合計:約80万円
でした。
決して安い金額ではありません。
それでも、これで「いつか誰かがお墓を何とかしなければならない」という問題を次へ残さずに済みました。
「残すこと」だけが供養ではないと思った
墓じまいをする前は、父や叔父を説得する必要もありました。
途中で反対されることもありました。
費用もかかりました。
手続きも分からないことだらけでした。
それでも、終えた今はやってよかったと思っています。
誰も管理できないお墓を残しておくことと、家族で話し合い、きちんと見送って終えること。
私は後者を選びました。
お墓を残すことだけが、先祖を大切にする方法ではないと思っています。
私自身、大切な人を見送った直後だったからこそ、そう強く感じたのかもしれません。
5年間放置されていた父の実家を再生しようと動いたことで、同じように放置されていたお墓にも向き合うことができました。
家も、お墓も、
「誰かがいつかやればいい」
では、時間だけが過ぎていきます。
動ける人がいるうちに、できることをする。
最後に父と母と一緒に海へ出て、自分たちの手で先祖を見送ることができた。
大変だったけれど、
あのとき私が動いて、本当によかったと思っています。