「放っておけばいい」と言われた父の実家を、私が片付け始めた理由
父の実家だった、北東北の一軒家。
祖父母が暮らしていた家ですが、5年間ほど空き家になっていました。
現地には叔父が住んでいるものの、叔父も高齢。
今後、この家を継続的に管理できる人はいません。
祖父母との思い出もある家。
このまま誰にも管理されず放置されていくのは、私には寂しすぎました。
「だったら私がやろう」
そう思ったのが、この家の再生を始めたきっかけです。
両親からは何度も反対された
私が家を片付けたいと話すと、両親からは反対されました。
「遠方なんだから、このままでいい」
「今まで誰も何もしなかったんだから、放っておけばいい」
「お金も労力もかかる」
「あなたがやる必要はない」
「無駄なことをするな」
何度も言われました。
両親からすれば「もう誰も住まない家」。
私からすれば「このまま誰も管理しない家」。
同じ家を見ていても、考え方はまったく違いました。
無人の家を放置すれば、草木が伸びたり、建物が傷んだりして、近所に迷惑をかける可能性もあります。
父自身もすでに70代半ば。
「そのうち何とかしよう」と思っていても、いつまでも現地へ行って動けるわけではありません。
そして私は、不動産業で生計を立てていきたいと思っていた時期でもありました。
空き家問題について考える仕事をしていきたいのに、身内の家がその空き家問題のひとつになっていくのを、そのまま見ていることにも違和感がありました。
父が動けるうちに、やる。
そうして、遠方の実家再生が始まりました。
まずは生活がそのまま残る家を片付ける
最初にやることは、残置物の撤去です。
家の中は、暮らしていた当時のものがそのまま残っていました。
家具、生活用品、食器など。
修繕するにしても、解体するにしても、まずこれを片付けなければ何も始まりません。
残置物撤去を業者さんに依頼することも考えました。
おそらく80万円前後はかかるだろうと思っていました。
だったら、自分でやってみよう。
旅費や食事代まで含めても、自分で通った方が安い。
そう判断して、遠方まで何度も通うことにしました。
2ヶ月で5回。ひたすらクリーンセンターへ
残置物撤去のために通ったのは、約2ヶ月で5回。
基本は1泊2日です。
幸い、この地域ではクリーンセンターへ持ち込めば、大半のものを処分することができました。
ただし、家庭ごみを車に積んでそのまま持って行けばいいわけではありません。
クリーンセンターの仕組みは、市町村によってかなり違います。
この地域では、まず市役所へ行って申請。
どの家のものなのか、いつ搬入するのかなどを書類に記入し、市役所からクリーンセンターへ連絡してもらいます。
そして証明書を持って、ようやく搬入できます。
祖父の家だったこともあり、手続きをすれば問題なく地域のクリーンセンターを利用できました。
1泊2日しかないので時間は貴重。
現地に着いたら、まず第一陣のゴミを車へ積み市役所で確認してもらい、許可を取る。
そこからは、
積む。
持っていく。
戻る。
また積む。
ひたすらこの繰り返しです。
謎のトラックがやってきた
そんなある日。
家から荷物を運び出していると、
「金属製品、無料で持っていきます」
というトラックがやってきました。
……めちゃくちゃ怪しい。
正直、関わらない方がいいんじゃないかと思いました。
でも、ちょうど困っていたものがありました。
石油が入ったままのストーブ。
何に使うのか分からない金属製の筒。
クリーンセンターでは、そのままでは引き取ってもらえないものです。
恐る恐るお願いすると、本当に無料で持っていってくれました。
後から近所の人に聞いたところ、海外へ送るために金属類などを集めている人たちが時々回ってくるそう。
近所の人たちも、不用品があると引き取ってもらっているとのことでした。
どうやら、そこまで恐れる存在ではなかったようです。
一安心。
でも、そのときは本当に心臓バクバクでした。笑
ほとんど捨てた。でも、お盆をひとつだけ持ち帰った
祖父母が暮らしていた家なので、当然いろいろなものが出てきます。
中には、一度も使われていない高級そうな食器類もありました。
もったいない。
でも、全部持ち帰るわけにもいきません。
これから家を片付けるためには、どこかで線を引く必要があります。
最終的に、私はほとんどのものを処分しました。
自宅へ持ち帰ったのは、お盆をひとつだけ。
祖父母の家にあったものを、何かひとつ残しておきたかったのかもしれません。
最後に残ったのは、お仏壇
家の中がどんどん空っぽになっていき、最後に残った大きなものがお仏壇でした。
仏壇の処分方法も、地域によっていろいろあるようです。
この地域では、処分する前に「心抜き」をすることになりました。
位牌などについても私には分からないことばかり。
地域のお坊さんへ連絡し、父と叔父の予定も調整して、家まで来ていただきました。
お布施について尋ねると、
「お気持ちで」
とのこと。
こういう「お気持ちで」が一番分からない……。
悩んだ末、私は3万円を包みました。
無事に心抜きを終え、いよいよ仏壇を運び出します。
ところが、とにかく重い。
40〜50kg以上はあったと思います。
さすがに一人では持てません。
最後は父と二人で運び出し、クリーンセンターへ持ち込みました。
これでようやく、残置物撤去終了です。
業者80万円、自分でやって約30万円
残置物撤去だけで、2ヶ月間に5回現地へ通いました。
交通費、宿泊費、食事代、処分にかかった費用などをざっくり合わせると、私の場合は30万円ほど。
もちろん時間も労力もかなり使っています。
単純に、
「50万円得した!」
という話ではありません。
自分の時間にも価値はありますし、遠方まで5回通うのはかなり大変です。
それでも私は、自分でやってよかったと思っています。
費用を抑えられたこともありますが、それ以上に、実際に自分でやったからこそ得られた経験がたくさんありました。
クリーンセンターの使い方。
地方での処分方法。
地域の人とのやり取り。
仏壇の処分。
遠方物件で作業するときの時間の使い方。
ネットで調べるだけでは分からないことを、ひとつずつ経験することができました。
空っぽになった家を見て、気持ちが変わった
そして、すべての荷物がなくなった家を改めて見ました。
そこで初めて思いました。
「この家、やっぱりきれいだな」
物がぎっしり入っていたときには分からなかった、家そのものの姿が見えるようになりました。
古いけれど、まだ使える。
むしろ、壊してしまうのはもったいない。
最初は、
「修繕するのか、解体するのか」
それすら決まっていませんでした。
どちらにしても残置物撤去は必要だから、とにかく片付けよう。
そのくらいの気持ちで始めた作業でした。
でも空っぽになった家を見て、
私はこの家を解体したくない。
そう思うようになりました。
ここから、本当の意味でこの家の再生が始まったのだと思います。
この時点では、まだ両親の気持ちは変わらなかった
ちなみに、ここまでやっても両親の反応は特に変わりませんでした。
まだ家を空っぽにしただけ。
両親にとっては、
「そこまでして、これからどうするの?」
という段階だったのだと思います。
私自身も、この先どうなるのか完全に分かっていたわけではありません。
それでも、
5年間止まっていた家が、少しだけ動き始めた。
まずはそれで十分でした。
誰も管理できなくなった祖父母の家。
「放っておけばいい」と言われたところから始まり、2ヶ月で5回通って、ようやく空っぽになりました。
そして空っぽになったからこそ、
この家を残したい。
そう思うことができました。
ここから、私の遠方での築古戸建再生が始まります。