空き家再生には、大きく分けて二つあると思います。

  • 実家や親戚の家など、身内の空き家を再生するケース
  • 自分で購入した空き家を再生するケース

私は、どちらも経験しました。

同じ「空き家再生」でも、実際にやってみると、この二つは少し違います。

特に父の実家の空き家再生は、私にとって単なるDIYや不動産投資ではありませんでした。

家を片付けていく中で、知らなかった家族の歴史を知り、親戚とのつながりが生まれ、相続や借地、未登記といった問題にも向き合うことになりました。

そして今、その家には新しい家族が暮らしています。

振り返ってみると、この一軒を再生した経験が、今の私の空き家再生の原点になっています。

父の実家だからこそ、できたこと

父の実家というと、かなり古い家を想像されるかもしれません。

実は一度火災で全焼しています。

現在の家は、親族一同が大工だったこともあり、有り合わせの材料で建て直したものです。

築年数も約20年ほどでした。

そのため、祖父母との思い出の品はほとんど残っていません。

火災ですべて燃えてしまったからです。

それでも、不思議なことがありました。

知らなかった家族の歴史が残っていた

70年近く前に亡くなった父の妹さんの写真だけは、残っていました。

さらに、仏壇をしまうために繰出位牌(くりだしいはい)を確認すると、母も私も知らなかった父の弟さんの記録がありました。

父はあえて話さなかったようで、このとき初めてその存在を知りました。

家を片付けていただけなのに、それまで知らなかった家族の歴史に触れることになったのです。

誰も手を合わせなくなった仏壇

祖父母の家には、2年に一度、お盆に家族で帰省していました。

だから、この家を大切にしたいという気持ちはもともとありました。

でも、蜘蛛の巣だらけになったお仏壇を見た瞬間、その気持ちは少し変わりました。

本来そこにいるはずだった祖母と叔父は、もういません。

誰も手を合わせる人がいなくなったお仏壇だけが、静かに残されていました。

その光景が本当に寂しくて、

「何とかしたい。できるのは私しかいない。」

そう思ったことが、この空き家を再生しようと強く決意したきっかけでした。

最初に撤去したのは、20歳頃の自分の写真

一方で、思い出の品がほとんど残っていなかったことは、作業を進めるうえでは大きかったと思います。

ただ、一つだけ困ったものがありました。

祖父母が飾っていた、20歳頃の私の写真です。

私は初孫だったこともあり、火災ですべて燃えてしまったあと、

「写真を送ってほしい」

と言われて送ったものでした。

ところが、空き家になった家で作業を始めるたびに、若い頃の自分と目が合います。

なんとも言えない気分になります(笑)

ということで、

まず最初に、自分の写真を撤去しました。

時間が止まったような叔父の部屋

父の実家だからこそ経験したことは、まだあります。

二階には叔父の部屋がありました。

子どもの頃は、入ることのなかった部屋です。

初めて入ったその部屋には、ベッドと衣類がある以外、驚くほど何もありませんでした。

でも、その空間に立っていること自体が、とても不思議な感覚でした。

その人が暮らしていた時間だけが、そのまま止まっているようでした。

空き家の片付けをしていると、ときどきこういう瞬間があります。

ただ「物を捨てる」という作業ではないんですよね。

そこに誰かが暮らしていた時間まで、感じることがあります。

ご近所さんは、ほとんど親戚

もう一つ、父の実家ならではだったのが地域とのつながりです。

この地域は人口減少が進んでいますが、ご近所さんは全員親戚です。

私は大人になってから、親戚と深く関わる機会はほとんどありませんでした。

それでも、皆さんは私のことを知っていました。

父や叔父が手を付けられなかった家を、一人で遠くから直しに来ている。

それを知ると、本当に温かく協力してくださいました。

作業中に話しかけられ、一度話し始めるとなかなか作業へ戻れないこともありました(笑)

でも、それも今では良い思い出です。

方言は3割くらいしか聞き取れない(笑)

困ったのは、方言でした。

とにかく強い。

親戚だけではなく、行政の方と話していても、

「……今、なんて言ったんだろう?」

となることが何度もありました。

感覚としては、3割くらいしか聞き取れていなかったと思います。

それでも何度も通い、少しずつ地域の人たちと関わるようになりました。

これも含めて、地方の空き家再生ならではの経験だったと思います。

「今しかない」と思った

父の実家だったからこそ、

何としても修繕を終えたい。

という気持ちがありました。

そしてもう一つ大きかったのが、父が元気で、自分で判断できるうちに動けたことです。

家のことを調べていくと、DIYだけでは終わりません。

相続。

借地。

未登記。

行政とのやり取り。

家族との意見の違い。

地域とのつながり。

いろいろな問題が出てきました。

もし数年後だったら、手続きも判断も、もっと難しくなっていたかもしれません。

そう考えると、本当に、

「今しかない」

タイミングだったのだと思います。

今、この家には新しい家族が暮らしている

そして現在。

この家には、新婚さんが暮らしています。

祖母と叔父が暮らした家は、その役目を終えたわけではありませんでした。

空き家になり、誰も住まなくなった家。

でも、少し手を加えることで、

新しい家族の、新しい生活が始まりました。

それが本当に嬉しく、感無量です。

空き家再生は、建物を直すだけではなかった

父の実家の空き家再生では、本当にたくさんのことを経験しました。

DIYはもちろん、

相続、借地、未登記、行政とのやり取り、家族との意見の違い、そして地域とのつながり。

最初は、ただ家を片付けて、直して、使えるようにしようと思っていました。

でも、実際にやってみると、それだけではありませんでした。

一軒の空き家を再生することは、単に建物を直すことではないのだと思います。

その家にあった人生や歴史を受け止め、新しい暮らしへつないでいく。

父の実家を再生したことで、私はそんなことを考えるようになりました。

この経験が、私の空き家再生の原点

父の実家を再生していなかったら、今のように築古戸建を買い、再生することもなかったかもしれません。

最初から不動産投資として始めたわけでもありませんでした。

ただ、

「この家を何とかしたい。」

そこから始まりました。

一軒の家を片付け、修繕し、人に貸せるところまで持っていく。

その過程で、知らなかったことを調べ、できなかったことが少しずつできるようになりました。

そして今では、それが自分の仕事の一つになっています。

この経験は、今の私の空き家再生の原点です。

これからも、一軒でも多くの空き家が、新しいご家族の笑顔につながることを願いながら、一棟一棟丁寧に再生していきたいと思っています。