昔から、ちょっとした憧れがありました。

「空港に詳しくなりたい」

それまで飛行機に乗るのは、10年に1、2回程度。

私にとって飛行機は、完全に一大イベントでした。

羽田空港へ行っても、ANAとJALの違いもよく分からない。

ターミナルが違うことも、サービスやシートに違いがあることも、ほとんど知りませんでした。

空港に到着して、無事に飛行機に乗る。

それだけでもドキドキ。

昔は空港を目的地にしてドライブするだけでもワクワクしていました。

「いつか、もっと自由に飛行機に乗って出かけたい」

そんな憧れがずっとありました。

父の実家へ、飛行機で通うことになった

そんな私が、父の実家の片付けや修繕のために、飛行機で北東北へ通うことになりました。

もちろん交通費はかかります。

でも私にとっては、昔からやってみたかったことを経験できるチャンスでもありました。

多いときには週に2回。

つまり往復で4回、飛行機に乗ることもありました。

飛行機、ホテル、レンタカーをまとめて予約し、現地では軽トラックを借りることも。

最初の頃は、とにかく空港探検です。

どのターミナルへ行くのか。

車はどこに停めれば便利なのか。

保安検査場はどこなのか。

搭乗口まで何分かかるのか。

何度も通っているうちに、少しずつ空港の仕組みが分かるようになりました。

後半には、いちいち調べなくても空港内の位置関係がだいたい分かるように。

両親と飛行機に乗るときには、最短距離でスムーズに案内できるまでになりました。

最初は自分が迷っていたのに、不思議なものです。

空港ラウンジという新しい楽しみ

空港のカードラウンジに初めて入ったのも、この頃です。

対象のカードを持っていると、ドリンクを飲みながら静かな空間でゆっくり過ごせる。

これが、たまらなく好きでした。

搭乗口から少しくらい離れていても、わざわざ寄るほど。

しかも、そのカードは以前から持っていたもの。

無料でラウンジを利用できることすら知りませんでした。

最初の頃は、お土産を見ているだけであっという間に搭乗時間。

それが回数を重ねるにつれて余裕ができ、ラウンジで過ごす時間まで楽しめるようになりました。

プレミアムシートというものを知り、路線によっては国内線でも食事やドリンクを楽しめることを知ったのも、この経験があったからです。

数時間後には、軽トラで日本海

今振り返ると、このギャップがなかなか面白い。

羽田空港のラウンジでゆっくり過ごす。

飛行機で北東北へ飛ぶ。

そして数時間後には、

軽トラックに大量の残置物を積んで、日本海沿いを走っている。

目的はあくまで、父の実家の片付けや修繕です。

現地に着けば、やることは山ほどありました。

それでも、この生活は決して大変なだけではありませんでした。

北東北は、とにかく食べ物がおいしい。

魚介も、野菜も、お肉もおいしい。

そして、ここで日本酒にも魅了されました。

作業をする。

おいしいものを食べる。

日本酒を楽しむ。

時には温泉へ行く。

ホテルに泊まる。

普段の生活とはまったく違う時間でした。

「全部業者に頼む」以外の選択

両親は当初、私がこの家に関わることに反対していました。

それでも私には、

「私にしかできない重要なミッション」

という感覚がありました。

業者さんへすべて依頼すれば、当然もっと大きなお金がかかります。

だったら、

自分でできることは自分でやって費用を抑える。

そして、その分、

現地のおいしいものを食べて、温泉に入って、いろいろな経験をして帰ってくればいい。

そんなふうに考えていました。

今考えても、この考え方はそれほど変わっていません。

空き家再生で得たものは、不動産の経験だけではなかった

父の実家へ通ったことで得たものは、残置物撤去やDIY、リフォームの経験だけではありません。

父の実家を片付け、再生した経験は、その後の私の暮らし方やお金の使い方にも影響しました。たくさんの残置物と向き合う中で変わっていった「ものを持つこと」への考え方は、「築古戸建再生で生まれた価値観」で紹介しています。

空港が身近になりました。

飛行機で遠くへ行くことへの心理的なハードルも、かなり下がりました。

その後はマイルという仕組みを知り、マイルを貯めるカードまで持つようになりました。

皮肉なことに、その頃には父の実家へ頻繁に飛行機で通う必要もなくなり、今ではそのカードも解約しようかと考えています。

でも、

何度も飛行機に乗って遠方へ行った経験そのものは残りました。

以前は飛行機に乗ること自体が大イベントだったのに、今では「遠いから」という理由だけで何かを諦めることがずいぶん減ったように思います。

父の実家がなかったら、今の私は間違いなくない

父の実家の空き家再生は、大変なこともたくさんありました。

お金もかかりました。

何度も飛行機に乗り、現地では大量の残置物を片付け、慣れない修繕にも挑戦しました。

でも、必要に迫られて始めたことが、いつの間にか自分の世界を広げてくれることもあります。

父の実家へ通った時間は、単に家を片付け、再生するためだけの時間ではありませんでした。

知らなかった場所へ行く。

知らなかったことをやってみる。

できなかったことが、少しずつできるようになる。

そして気づけば、自分の行動範囲まで広がっていました。

父の実家がなかったら、今の私は間違いなくありません。

大変だったことも含めて、私にそれまで知らなかった楽しみや経験を与えてくれた、大切な時間だったと思っています。